PCfan月二回刊から月刊へ
これまで月二回刊行されていた「PCfan」(毎日コミュニケーションズ)が月刊化してしまうという。休刊・廃刊でないのが救いだが残念だ。これでPC情報誌は週刊アスキーの一人勝ち状態となる。
考えてみれば私は昔から漫画雑誌も含めると数多くの雑誌を購入してきたが、何と今では週アスとこのPCfanしか買わない男となってしまった。後はたまにソフトバンクのPCJapanを買うだけである。インターネットにはまりだして雑誌を読まなくなったのに、今でも読んでいる雑誌がPC系の三誌のみというのも贅肉いや違った皮肉な話だ。
PCfanが月刊化となると、ちょっとだけマニアックなネタ中心に記事が集中しているPCJapanに絞ってPCfanは購入を打ち切ってしまうかも知れない。 正直な話最近は週刊アスキーを読んでいればPCfanは読まなくても構わない気がしていたのである。 購入を止めるいい踏ん切りになりそうだ。今後は「それゆけ!IT戦隊コナレンジャー(作:木村豪)」だけ立ち読みすれば良いのではないか?そんな気もするわけだ。 思い返すと十数年前の私は大量の冊子に囲まれて生活していた。 大量のぽちゃさんに囲まれて生きてきた事は一度もないが、その代わり活字に溢れていたのである。 競馬雑誌だけでも「競馬ブック」、「ギャロップ」、「ファンファーレ」、「ハロン」、「サラブレ」と5冊買っていたぐらいだ。そのうち三つは週刊誌である。当時の住まいはウィンズの真横、その後引っ越した後は職場が後楽園ウィンズ及びオフト(大井競馬場外)の直近だったので開催日毎に「日刊競馬」も買っていた。競馬一つでこの有り様である。 ところが今では競馬のケの字も関係しない生活を送っているのである。 去年のダービー馬の名前が何か?私は知らない。今調べたら「ディープスカイ」だった。確かにスポーツ新聞でちらっと聞いた事のある名前である。しかしそれだけで、「全くわからない」と答えてもいいぐらいである。完全なる浦島太郎状態だ。競馬の世界は流れが速い。 だいたい私の中では福永祐一騎手は「この間デビューしたばっかりの落馬の多い若手」だが、こないだJRA通算1000勝を達成していた。そもそも今年で33歳である。中年だ。光陰矢の如し。時の流れの速さに唖然とするばかりなのだ。かわいいぽちゃさんにペロペロして貰うと簡単に果ててしまうがそのぐらいの早さである。 そんなわけで競馬を例に挙げたが、他にもちょっと思いついただけで「週刊ファミ通」「BEEP!メガドライブ」「週刊プロレス」「週刊ゴング」「週刊ファイト」「週刊ベースボール」「月刊ベイスターズ」「週刊文春」「週刊朝日」「Newton」「週刊サッカーダイジェスト」「紙のプロレス」なんて辺りを購入していた。他にもオタク臭い雑誌とかまだ買っていたし、漫画雑誌やエロ雑誌(BACHELORとか)を含めると、冗談抜きで月に60冊以上の雑誌を買っていたわけである。あっ、今思い出した。パチンコ雑誌なんかも買ってたな。 それが今では最初に書いた三冊だけなのだ。 それどころか競馬もプロレスもサッカーもゲームもとんとご無沙汰になってしまった。野球だけはかろうじてまだ見ているが以前の10分の1の情熱もない。当然買うどころか立ち読みすらしていない。興味がなくなっているのだから当然である。私の中にあった雑誌パワーが殲滅状態にあるのだ。そして同時に無趣味化への路をひた走っているわけである。 歳を取ると特定のジャンルに対する情熱が失われる事はよくあるが逆のケースは稀だ。「30を越えてから好きになったモノ」など殆どない。 今考えてみたが本当にないな。うーん......インドカレーぐらいだろうか。 PCfanを生活から切り捨てると言う事は、私は現在生活の中心にあるパソコンに対する興味もいずれ飽きて失ってしまう運命にあるのかも知れない。 そうすると私にはぽちゃさんしか残らない。 ううむこれは問題だ。別にぽちゃさんが好きである自分に疑問を持った事は今までないが、これが「ぽちゃさん以外に全く何の関心も示さない自分」となるとまた話は別だ。そんな大人で良いのだろうか。答えは誰に言われるまでもなく「良くない」である。 無趣味。 男が年を重ねジジイと化すにつれつまらなくなっていく理由の一つである。 確かに例えばネット上でぽちゃさんのいやらしい画像や動画を集めるというコレクションは今も行っているが、それは果たして「趣味」と言えるものだろうか。釣りバカ日誌のハマちゃんは釣り以外に何の取り柄もない男だが釣りに情熱を懸けている。ぽちゃさんという美学に準ずるのも一つの手だが、「本当にぽちゃさんしか好きなものが存在しない人間になってお前はいいのか」という天の声がどこからか聞こえてくるわけである。 PCfanが月刊化してしまって「もう買わなくていいかな」なんて思ってしまっているところを見るとパソコンに関する好奇心が薄まってきている可能性は確かに高かろう。以前だったら週刊アスキーと記事の大部分が重なっていても、たまにある独自の記事やニュースを、爆乳に食らい付き唇を離さない乳児のように、貪るように読み耽っていたのである。 「男の人生に趣味なぞ要らぬ。私はぽちゃさんの愛に囲まれて生きていられればそれで良い」と断ずる人生もそれはそれでいいが、その場合運命のぽちゃさんと巡り会えなかった場合のリスクがデカい。出会う気は満々だが現実問題そういう運命の人物は身の回りにいないわけで、巡り会えない可能性も考えておかねばならないだろう。 無趣味は良くない。 世間に対する好奇心を失った中年はただの老人と同じである。しかしながら私はまだ枯れる気はない。 PCfan月刊化のニュースを聞いて何となく「しゃーない。じゃ、それはそれでいいや」と心のどこかで納得してしまった私。 危機感を感じるべきかも知れない。 感動の薄れた大人は醜い。 もう少し老化を遅らせたいと切に願う次第である。
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