サラっと駄文
全く救いようのない不況に陥ってしまった世界経済だが、ぽちゃさんを愛するハートにはいささかの陰りもない私である。こういう時信仰を持つ者は強い。 皆様方も私のような漲る情熱を持つべきである。例え世界が崩れ落ちようともぽちゃさんさえいれば明るくなれる。景気が多少悪くなろうがどうという事はないのだ。景気と連動して自分も暗くなってしまうような人任せ環境任せ周囲任せの生き方はよくない。 自分の信じる道を見付け生きる。 それこそがこの世に生まれて来た意味そのものだと思うのである。 と言ってもなかなか歩むべき道が見付からない人々が多いのもまた事実。例えば竹之内雅史は毎年バッティングフォームが変化した。人は考える葦である。一つの方向を向いてブレなく真っ直ぐに進もうと思っても難しい。道を歩いていても「あっ、あのぽちゃさんは乳が大きくてかわいい」「このぽちゃさんはおっとりした雰囲気でかわいい」「向こうのぽちゃさんはパンパンのボディラインがセクシーでかわいい」なんて感じで目移りしてしまうものなのだ。人間の意志はダイヤモンドのように硬くはない。せいぜい石灰石レベルである。
それでも自分の信じる幸福に向かって歩もうという意志さえあれば大丈夫、案外どうにかなるものなのだ。 なので、悲観的な訪問者の方もおられようが敢えて明るく希望に満ちた人生ライフを満喫するために、ぽちゃさんLOVEという信仰をお勧めしたい。 お金は掛からない。怪しい宗教のように信者拡大のノルマがあるわけでもない。ぽっちゃりした女体が大好きだという信念と、恥ずかしがらずに告白出来る勇気がちょっぴりあればいいのだ。つまりは自分の問題なのである。社会的コミュニケーションを取ることが苦手な君も、臆することはないのである。 それはそうと冷たそうな雨空に臆しつつある今朝の私。うーん出勤したくない。 ぽちゃさんには臆せずとも仕事には臆する私。まだまだ半人前のようだ。
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