DESTRUCTION IMPULSE
色々あって気分的に優れぬわけである。人の世とは何故こうも哀しみに包まれているものなのか。ふざけたブログ記事を書く気も失せている最近の私なのだ。
世界中のぽちゃさんには「何があっても受け入れて、飄々と穏やかに毎日を過ごしましょう」と伝えたい。穏やかに生きる。何と素敵な言葉だろう。少々金がなくても生活が苦しくても、これさえ出来れば人生はだいたい成功だ。
ドラフトで言うと1999年の横浜ベイスターズのドラフトぐらいの成功だろうか。 D1 田中一徳 外野手(18)PL学園 D2 木塚敦志 投手(22)明治大 D3 村西哲幸 投手(18)比叡山 D4 鈴木寛樹 投手(18)掛川西 D5 南竜介 投手(18)報徳学園 D6 七野智秀 内野手(18)PL学園 D7 中野渡進 投手(23)三菱自動車川崎 D8 八馬幹典 内野手(24) 三菱自動車京都 「えー、木塚はともかく後は中野渡が2001年に一度活躍しただけじゃん。田中は全然一皮剥けないまま消えちゃったし。何処が成功なんだ」とか言うな。木塚がいるだけで十分じゃないか。日本を代表するセットアッパーとなった木塚が含まれている...それだけでいいではないか。そんなささやかな「成功」を祝える優しい心こそ「穏やかなる心」である。 私もそこそこ長い期間生きているが、身の回りやそのまた周囲に心を傷付け病んでしまった人たちが何人かいる。前向きになろうと頑張っている人もいれば、疲れて立ち上がれない人もいる。 世界中の全ての人々を幸せにするのは不可能だが、自らに関わる人たちだけでも安らかかつ穏やかな日々を送って欲しい。 「ROUNDABOUTさんは身近な人が幸せならば他の人々がどうなっても構わないのですか?」 誤解を恐れずに書くと、「そうだ」である。 まずは身の周りなのだ。しかしそれだけで終わってしまうと優しい心は狭隘なエゴで終わってしまう。だから、まず隣人と嬉しい気持ちを分け合って、その気持ちを隣人の隣人へ、そのまた隣人へと伝播させていくようにすればよいのではないのかな?そんな気がするのである。 でも結局隣人は他人なので、最終的なところでは本人の心に任せるしかない。 この辺り非常に歯痒い。 自らの無力を思い知る瞬間だ。 今目の前にある小さな幸せ一つ一つを如何に噛み締め、分かち合えるか。人間の生きている理由は最終的にそれしかないな、と真剣に考える次第である。まだ下痢気味だとかオナラをかまそうとすると実が出そうになって困っているとか、そんな小さな事で一々クヨクヨしていられないわけなのだ。 でもまだ陽気で明るい気分にはなれないな。 人間は感情の動物なのである。もうちょっとこのブログも気分的迷走を続けそうだ。
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