「海のエジプト展」に行って来た
パシフィコ横浜で行われている「海のエジプト展」を観に行ったのだ。そしたらシルバーウィークだか何だか知らないが人混みの渦。入場まで一時間弱かかる大混乱だったが仕方がない。海に沈んだ古代都市アレクサンドリア(アレキサンドリア)、古(いにしえ)の風が大勢の暇な日本人を呼び寄せたのである。
しかしながら海のエジプト展に行くつもりが間違えて隣の横浜美術館で開催されている「大・開港展」に足を踏み入れてしまい、そっちもじっくり鑑賞してきたのでトータル二時間というロスタイムを生み出してしまった。 新大久保のぽっちゃりホテヘル店「らんでぇぶぅ~」に電話を入れるつもりが間違えて隣の「ぽちゃっこメイド隊」に連絡を取ってしまうようなものである。「別にどっちでも同じじゃないか」と思われるわけだが、どうしても間違えた先である「ぽちゃっこメイド隊」で呼び寄せたヘルス嬢がいまいち自分の好みでなかったとしたら、やはりもう一度「らんでぇぶぅ~」に連絡を取ってしまうのが男というものではなかろうか。
美術館巡りも同じだ。人間とは愚かな生物である。「大・開港展」でお腹いっぱいになった後に訪れた「海のエジプト展」の入り口付近に数百メートルの列が出来ているのを目にした時の気分と言ったらそれはもう「ガッデム」なわけだったのである。でも観てきたよブラザー、海に沈んだ古代都市を。 さて海のエジプト展というのは平たく言うとかつてエジプトで栄華を誇った「古代アレクサンドリア」「カノープス」「ヘラクレイオン」の発掘遺跡を紹介するイベントである。といっても古代と言うほど昔の話ではない。 (ちなみに「古代エジプト」といった場合は紀元前約3000年から紀元前30年までを指す。この三都市の場合は西暦700年代までは地上にあったわけであり、大地震による地盤沈下が原因で海中に沈んだ。元々標高2メートル程度しかない粘土質の平地に過ぎず、上層に建てられた建築物の重みもあって、現在は平均して水面下6-10メートルの辺りに古代都市が埋まっているのである。ふかふかのウォーターベッドにぽちゃさんが全身を委ねるとずっぽりと沈み込むが同じ原理だ) それでも全部が沈んでしまったわけではなくアレクサンドリアなどは現代においてもエジプト第二の巨大都市である。かつては世界七不思議にも数えられたアレクサンドリアの大灯台(ファロン島の大灯台)もこの地に存在した。一つの都市の半分が海面下に沈み、残った部分が現在にまで人の行き交う息吹に塗れ反映し続けているのである。ロマンチックな話である。キプロス島や南北朝鮮みたいだ、と書くとロマンチックでも何でもなくなるが。 さて海中から拾い上げたもの中心なので1200年前と言うより数万年前ぐらいの遺物、遺稿に見えてしまうボロボロの発掘物ばかりなのだが、中にははっきりと形を残しているものもある。基本的に女性像はふくよかな肉体を模した彫刻等がスタンダードのようで安心した。いつの世もぽっちゃり女性が美の象徴である事を祈る。 "古代エジプト"の象徴でもあるプトレマイオス朝ファラオ・クレオパトラ7世も絵画などではふっくらと描写されている事が多い。ところがハリウッド映画等だと痩せっぽちのガリガリレディーが役を務める事も多い。これはハリウッドにおける美の基準が「細い女」であることに他ならない。だから西洋の毛唐文化は駄目なのだと強く糾弾しておきたい。 ついでにクレオパトラというと世界三大美女としても名を馳せているが他の二人(ヘレネー、楊貴妃)も「ぽっちゃり」には縁が深い。ギリシア神話に出てくるヘレネーはやはり絵画の世界では肉感的に描写されるし、楊貴妃は逆に絵画上では細身に描かれているが実の所とてもふくよかな女性だったと言われている。つまりはぽちゃさんだ。 こうなると俄然燃えてくる。「間違えるな。ぽちゃさんこそが美の象徴なり」と大きな声で訴えたく思う次第である。 古代エジプト人もそこのところの基本はきちんと抑えていたのではなかろうか。ぽちゃさんの暖かみを大事にする文明は素敵だ。そんな偉大な都市が今は海の中にあるのだから、人類の歴史とは実に奥が深いのだなあと感嘆せざるを得ない。 9月23日までの展示である。残りはもう二日間しかない。 まだの皆様は是非とも横浜に集結してエジプトの香りに包まれてみては如何だろうか。 いつの時代、場所に置いてもぽちゃさんこそが美と愛のシンボルである。君にもそれを嗅ぎ分ける能力を身につけられるようになれば未来は薔薇色なのだと教えてあげたい私なのだった。
|