東京スポーツ略して東スポの50周年をお祝いする
コングレイチュレイション!来る4月1日、東京スポーツは創刊50周年を迎える。ぽちゃさん大好き星人の野望が4年ちょっとだから、その12倍程の歴史を持つ計算だ(こう書くとあまり大した事がないような感じになるが)。
戦前戦後を通じて日本社会を牛耳った右翼の超大物危険人物、故・児玉誉士夫が元々のオーナーであり、児玉の死後四半世紀が経過した現在も、児玉門下生たちが主要役員を務めているという。しかし現在はゴシップ娯楽を前面に押し出した大衆夕刊紙としての地位を完璧なまでに確立しており、政治的な裏の顔はあまり感じる事が出来ないようになっている。
また、風俗や芸能記事の情報も濃い割には「ぽっちゃりした女性」に対するフォローが少ない。これは大きな減点対象である。東スポでそれなりに特集されたぽちゃさんというとせいぜい青木りんが何度か記事になり、ビートたけしの東スポ映画大賞AV部門に輝いたぐらいだ。また、面白い事を書こうと狙い過ぎてスベってしまう事も多々ある。これはご愛敬という所だろうか。 東京スポーツと言えばプロレス、プロレスと言えば東京スポーツだった(今もそうだが)。 プロレスが今と比較にならない大人気エンターテイメントだった時代、東スポはケネディ大統領が狙撃・暗殺されてもプロレスの試合結果を一面に持ってきた。しかしプロレスの人気が低くなると野球、サッカー、芸能娯楽とあらゆるジャンルに一面記事を割くようになり、現在では「とにかく三流ゴシップの総合ポータル」と言った趣となっている。 プヲタの私が言うのも何だが、プロレス・風俗・競馬・芸能ゴシップ情報に突出した新聞が児玉の「政治・経済フィクサーとしての武器」としての煽動・主導マスコミ的役割を果たせるのかというとやはりそれは難しい。実際児玉は東スポにその役目を押し付ける事はなかった。浅草キッドによると「東スポは日付以外全て誤報」である。また、裁判で「うちの記事を信頼する方がおかしい」と東スポ側が主張し、裁判長に「無責任な態度を取るな」と怒られた事もあった。その代わり程度の低いゴシップ誌だと軽く扱っていると、稀に真実のスクープ記事を引っ張ってきたりするのである意味とても困ったメディアとも言える。 (ついでに言うと普段は書かない暴力団情報についてもいざとなると強い。懐かしの山一抗争時における取材力には凄まじいものがあった。これは児玉がバックにいるからこその芸当だったのだろう) マスコミを自在に操る術に長けていた児玉だが、政治家や企業に対する工作には三大新聞紙や主要テレビ・ラジオ局を使い、自らの持ち物である東スポには自由なゴシップ誌の立場を与えていたようだ。オーナーが超大物実力者で、尚かつ編集方針が「面白ければ何でもいい」であれば、東スポが他のマスコミと全く違った個性誌として生き延び現在に至る理由も納得である。 ビートたけしや松井秀喜と言った現代の大物も味方として取り込んでおり、妙な影響力を誇っている。 私もぽちゃさんを大変愛しているが、東スポとのお付き合いは25年以上だ。東スポの歴史の半分以上を共に歩んでいるわけであり、従って思い入れも深い。このような元気のある馬鹿なメディアには今後とも頑張って欲しいものだ。負けじと私も頑張ってぽちゃさんを愛する空間の構築に励みたい。東スポは東スポの役割を、私は私の役割を頑張ればよい。 「自分らしく」生きる事は難しい。だが東スポは自ら自分たちの居場所を定め、しっかりと根を張って世の人々のために今日も記事を提供している。 50年の重みは素晴らしいのだ。 私も見習いたい。重みのあるどっしりとしたぽちゃさん賛美ブログを完成させ、世の中の役に立ち、人々にいてくれて良かったと思われたいものだ。 これからの東スポと、私の未来を祝福したい。
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