開き直ってカーネーションの感想文に特化したブログ記事にしよう
この一、二ヶ月、ぽちゃさんの喜びを語る事も忘れて何をやっているかと言えばNHK朝の連続ドラマ小説「カーネーション」を食い入るように鑑賞する毎日を送っている昨今の私である。
後悔はない。何故ならこのドラマは異常に面白いからだ。確かに私は肉太い脂肪分に纏われた女体が好きだ。大好きだ。それも相当。しかしながらカーネーションは今観なければ来年三月までで終わってしまう。子供時代から続く父親との間抜けな確執を乗り越えながらも順風満帆に突き進んできたヒロイン・小原糸子だが、とうとう時代が第二次世界大戦に突入し自信が苦しみと直面するパートにドラマも突入した。これが観ずにおられるかと言う話である。
ところで今更この物語の概要について説明するのも面倒臭いので今回このブログ記事を読んで頂いている皆様も皆カーネーションを視聴しているという前提でお話を進めさせて貰う。俺がルールブックだである。異論は認めない。 それにしても目を離してしまえば次の日には全く違うストーリーが展開されているのがこの朝ドラの特徴だ。そしてヒロインはイケイケドンドンで常に驀進し、苦難に直面してもその都度前向きな努力と優しい隣人たち(一部除く)に守られる事によって成長してきた。基本的にはヒロインも隣人たちもアホばっかりで観ていて楽しい。 しかしとうとう物語内で昭和十八年十二月八日を迎え、ただ真っ直ぐに走り続けていれば良かった未来への軌跡が歪みを生じ始めている。まるでダイエットを開始してしまったぽちゃさんのようだ。そのままでいられればみんなが幸せでいられるものが、現実はそれを許さない。「アハハハハ」とか「ウフフフフ」とか言っていれば全てが解決した前作「おひさま」とは大違いだ。そう言えばその前の「てっぱん」もよくわからないけど自分の店を持つ事になったヒロインが常連たちや物わかりが悪くすぐ怒るおかしなババアとキャッキャワイワイやって意味もなく海に飛び込んだりしていたら勝手に物語が終わった記憶があるが、極めて今回の「カーネーション」は異端である。誤魔化しのないシナリオの圧倒的な迫力に唸るしかない。 「あんたの図太さは毒や!」 うーむ凄い。今まで物語中盤を迎えて、ここまで正面切って自己否定された朝ドラヒロインがいただろうか。 まあ実はいたかも知れない。何故なら私は今まであんまり真面目に朝ドラを観た事がなかったから知らないのである。だがそれでも私が今まで朝ドラを見る限り、こんな描写はなかった。 会社に備え付けられているNHKしか映さないテレビ(日曜朝はたまにテレビ朝日にチャンネルが合わさってプリキュアを映し出している事は内緒だ)から勝手に流れてくるので今までずっと朝ドラをながら見していたが、話題作「ゲゲゲの女房」ぐらいしかまともに観ていなかった。その前の「ウェルかめ」に至っては内容を全く覚えておらず、ただ「下らないなあ」と思っていた記憶しかない。だがしかしカーネーションは別格だった。多分この作品はDVDがレンタルビデオ店にもきちんと並ぶだろうから、観た事がない人は後からでもいいから観るべきだ。なんならGoogleで動画サイトを検索して今観てもいい。ただのドタバタコメディだと思っていたら平気で人の心を抉ってきやがる。ヒロインの素敵さも嫌なところも見事なまでに拾い上げていて、安直なハッピーエンドを許さない。朝ドラは最初面白くても後半になると失速してしまう例が多いそうだが、是非ともこのままの勢いで駆け抜けて欲しいものだ。 問題があるとすれば、公式サイトがネタバレの嵐である事、オープニングの椎名林檎の曲が長すぎる事(本編が削られて勿体無いのでせめて三十秒ぐらいで終わって欲しい)、ぐらいだろうか。あとはやはりぽちゃさんが少ない事だ。と言っても国防婦人會のババアや草履屋のおばちゃんなど、ぽちゃさんが決して全く存在しないわけではないのだが、糸子の妹三人などに若くて乳がムチムチした若ぽちゃさんを配役させて頂けないだろうか。何だったら静子役の柳生みゆにあと三十キロ増量させてもいい。あの子はかわいい、マジで。 日本人に生まれてカーネーションの面白さを知らずに死んでいくなんて全く以て可哀想である。いと哀れ。 いいからあなた方もカーネーションを観なさい。 私から伝えられるメッセージは、それだけである。
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