我が道ああ私の道
「日本人によるノーベル賞の連続受賞により近年心配されている若者の理科離れに歯止めが掛かると期待されます」 テレビも新聞も馬鹿みたいに同じ発言を繰り返しているのである。
「別に理科離れなんか起きていませんよ」と、誰あろう受賞者の南部氏も答えているにも関わらず、マスコミはそういう既成事実を作りたくて仕方がない。 「では日本人の若者の理科に対する取り組み方の姿勢に関しては如何お考えでしょうか」 「別に日本人だろうがアメリカ人だろうが学生は真面目に勉強してますよ」 氏も受賞の喜びを通り越して、間抜けな質問を繰り返すマスコミの鳥脳ぶりに呆れ果てているのではなかろうか。
確かにあからさまに理系冷遇が激しく研究者が育ちにくい国もあるが、その辺に関しては日本はそんなに世界的に立ち遅れているわけでもない。 「彼らのノーベル賞受賞はもっと多くの人たちに理科を好きになってもらうチャンスである」と書けばいいところをわざわざ「今、問題となっている理科離れを食い止めるきっかけになれば」なんて、いちいち斜に構えて問題提起するフリをするからあざとさが爆発するのだ。なあ朝日新聞さんよ。 ぽっちゃり女性が貰って喜ぶプレゼントとか、大事な情報はもっと別にあるではないか。 マスコミがロンウォールいや違ったセレン...世論を操作する時代は過去のものであると私はいつものように提言したい。 天声人語なんて紙面の無駄なのだ。人間がサイヤ人に肉弾戦を挑むぐらい愚かである。クリリンにすら適いっこないのにベジータや悟空としばき合って生きていられるわけがない。しかしマスコミとは愚鈍な存在なので「なぜ人類はサイヤ人に腕力で勝てないのだろう。だから日本人はだらしないのだ」なんて具合に全くどうでもいいベクトルで民衆をミスリードするのである。馬鹿馬鹿しい。 マスコミは本当に重要な情報を流してはくれない。 青木りんのAV転向に関しては東スポその他の一部タブロイド紙で取り上げられただけだったし、ナイガイをめくってみてもぽっちゃりデリヘル風俗等の特集をしてくれる事は非常に少ない。殆ど全く取り上げてくれないのである。確かに平均株価が一万円を割ったとか、阪神が歴史的大逆転を巨人に食らって優勝を逃しそうだとか、伝えるべきニュースはあるのだろうが底が浅い。時代は変わったのだ。化石的マスコミが変化出来ないのはもはや仕方ないが、情報を受け取る側の我々はもっと明確に変革すべきである。己の感性を信じるのだ。さすれば、ぽっちゃりという概念が真の意味でメインストリウムに姿を現す事となろう。 南部のおっさんだけではない。湯川秀樹の時代から、理系離れだとかそんな言葉と関係なく自分を信じて研究を重ねてきた結果多くの科学者が自らの道に没した。ノーベル賞は結果に過ぎない。辿り着けた者も、及ばなかった者も、皆、自分が追い求めたいと欲したから学術に我が身を費やしたのだ。 最後に勝つ人間は自分の道を自分で定めた人間である。後になってから周りで理論武装するだけの評論家ではない。 私も戒めねばなるまい。 ぽっちゃりを語る者ではなく、ぽっちゃりに賭す男として、自らの手で楽園を掴みたい。 そんなわけで今日もいつもの如く彼女募集中と声高く訴えよう。 「ワンパターン」だの「もういいよ、お前」だの、冷たい声は聞こえない。 戦いの火蓋は、切って落とされたばかりなのだ。ウン。
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